メインスタッフ: 2013年7月アーカイブ

むかしむかし、淡路島に芝居好きの狸がおったそうでおます。むかしは芝居の本場いうたら大坂の道頓堀でおまして、江戸が三座、道頓堀は五座というほどにぎわっておったそうでおます。

 道頓堀五座のなかでも、「中の芝居」と呼ばれた小屋がいちばん古いうちのひとつでおまして、そこへ淡路から狸さんが芝居を見にやってきたのでおました。人間に化けて、木の葉をお金に替えて毎日通っておったところが、そのうちばれて殺されてしもうたそうな。

 ところが、それからというもの中の芝居がはやらんようになってしもうた。ある晩、片岡仁左衛門、初代の仁左衛門さんでおますが、その夢枕に狸が立ったそうでおます。わしを中の芝居に祀れと。ほんで、言われたとおりにお祀りしたらまた賑わうようになったというおはなしでおます。

 淡路から芝居好きの狸さんが大坂へやってきたというお話には、少しずつ違うのがいろいろあるそうでおまして、道頓堀の話はそのうちのひとつなんでおます。

 

 わてが毎日太鼓叩かしてもらっておる「中座くいだおれビル」というのは、その「中の芝居」があったところなのでおます。戦争で焼けてしもうたのですが、戦後再建されて「中座」というてえらいにぎわっておりました。わてが「大阪名物くいだおれ」の店先で太鼓を叩いておった頃のことでおます。

 戦後、その新しい「中座」に、藤山寛美はんがもういっぺん狸はんを祀りはったのでおます。舞台の奈落の下に祠をこしらえて、出演しはる役者はんや芸人さんがみな拝んではったそうな。狸さんらしいところで、「上手に化けて、人気を取る神サン」ということでおます。

 

 その中座も今はのうなって、寛美はんの狸さんは故郷の淡路・洲本にお遷りになりましたが、そのあとに建った今の「中座くいだおれビル」にも御霊分けされて、またお祀りしてありますねん。地下一階にある小劇場「道頓堀Zaza」に出演しはる役者はんや芸人さんがお参りしてはります。

 せっかくそういういわれがあるのやさかい、大阪へおこしのみなさんにも見ていただけるような何かがでけへんやろか、ということを、関係のみなが話し始めましてん。

もうすぐ道頓堀という堀川がでけて400年。その節目になるようなもんになればええなあと。ほんで有志が集まってお金を出し合うて、狸さんの木偶人形をこしらえることになって、徳島の人形健という人形師さんにお願いしたのでおます。

 

人形健さんには快諾していただいたものの、人形健さんも狸の人形なんぞこしらえたことがあらしはりません。狐というのは文楽でも出てきますねんけど、狸というのはおませんねん。

ほんで、皆であないか、こないか、いうて資料を集めて相談して、人形健さんがためしに三つほど試しに彫ってみてくれはったり、色見本みながら色を決めたり、衣装の生地を決めたりしながら、おおかた一年かかってようやくこの春、出来上がったのでおます。


えらい立派なものが出来上がりましてん。

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耳の中は金が張ってあって、ヒゲにも金が入っておりますねん。縁取りの赤やら、目のまわりの薄墨やら、なるほど専門家のやり方は違うなと思うような見事なできばえでおます。口も開くようになってあるし、手足もちゃんと遣えるようになっておりますねん。


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中座の狸さんがお帰りになったのは淡路・洲本の洲本八幡神社というところでおまして、そちらの宮司にも前々からご相談しておりましたのでおます。出来上がった狸さんを洲本にお迎えにあがって、お祓いをしていただこうと、こないなことで、わてが有志を代表してお迎えに参上することになったのでおます。

 

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梅雨入り宣言が出た後ではおましたが、運ようええお天気に恵まれまして、無事にお祓いも受けて、ちゃんと玉串も奉ってまいりましてん。神社のお隣の幼稚園からもようけ子供さんが見に来てくれはりました。おおきな狸さんは、大阪から帰ってきはった柴右衛門狸はんでおます。木偶人形のほんまもんさんでおます。

 

 さあ、次はいよいよ道頓堀にお祀りしますねん。


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 お宮さんの帰り道、わての友達がやっておる海の家に寄って、ちょっとほっとしながら、こんどはどないなお披露目にしよか、考えておりますねん。


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