2014年6月アーカイブ

四月卯月の太郎寄席、まず一回目は桂米紫はんの発案で、小佐田先生の新作落語の会でおました。

上方落語のお好きな方ならご存知と思いますが、小佐田定雄センセというのは、日本でただ一人のプロの落語作家さんでおまして、上方落語に関する本やら記事も書いておられます。

 

たいてい落語会というのは前座というクラスが最初に出るわけでおますが、前座の力量でかけられる噺というのは限られておりまして、新作なぞは難しいよって、今日はもうちょっとひねた、初登場の桂二乗はんからでおます。

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二乗はんの噺は、小佐田センセではのうて、お弟子さんで奥様のくまざわあかねセンセの作品「しゃれしゃれ」でおました。冒頭から調子のええ幇間(たいこもち)が登場するのでおますが、これが旦那衆お二人の板挟みになってえろう困らされる噺でおます。

噺は意外に展開するのでおますが、二乗はんの調子がよう合うておって、聴かせる噺なんでおます。くまざわセンセイ、さすが小佐田センセイのお弟子さんでおます。「人」というものをうまいこと描いてはる作品でおました。

 

つづいて林家市楼はん、こちらも初登場でおます。

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市楼はんは、お師匠さんがお父上の故・四代目染語楼、そのまたお父上は三代目染語楼という、珍しい三代目の噺家さんでおます。三代目というと「唐様で書く」なんて言いますが、どうしてどうして、まだ三十代半ばというのに堂々たる噺家さんでおます。

今日のお噺は、四代目のために小佐田先生が書きはったという「ちりちり」でおました。新作落語というたらたいてい舞台は現代なのでおますが、この作品は古典よりまだ古うて、遣唐使の時代、紀貫之が登場する時代でおます。

この噺を聴いておりますと、むかしむかしは言葉も着ておるもんも違うとはいえ、人間というのは同じようなことをして同じようなことを考えるものやろか、と思わされますねん。市楼はん、すっかり自分のものにしてはるようでおますな。

 

米紫はんは、小佐田先生が故・桂枝雀師匠のために書きはった「猫」でおます。小佐田先生は最近『枝雀落語の舞台裏』という本を出しておられますが、枝雀師匠とのおつきあいから作家の道へ入られたそうでおます。その意味では「猫」はなかなか由緒のある噺でおます。

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この噺は、飼い猫がものを言うという設定の噺でおます。何が起こるということもない噺なのでおますが、もし猫にものが言えたら、という微妙な設定だけで面白う聴かせる噺なんでおます。

 

ほんで、今日のトリは桂雀三郎師匠でおます。その名前のとおり、枝雀師匠のお弟子さんでおまして、そのまたお弟子さんの雀喜はん、雀五郎はんは「太郎寄席」でもおなじみでおます。お師匠さんの雀三郎師匠は初登場でおます。

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雀三郎師匠は、「わいの悲劇」という、アメリカからやってきた娘さんを案内するという噺でおました。案内する方の家族というのが、お能マニアのお父さんに、歌舞伎マニアのお母さん、落語マニアのボンボンに浪曲マニアのお姉ちゃん、妹はタカラヅカマニアというえらい家族なんでおます。

雀三郎師匠のお得意のネタということでおまして、お能に歌舞伎に浪曲と、たたみかけるようにくすぐりが続いて、わても笑いが止まりませなんだ。えらいもんでおます。

 

小佐田先生の作品は、どれもくすぐりが効いておって、人間の描き方が荒唐無稽なようで妙にリアリティがあるのでおます。ほんで、噺に品がおますのやな。噺家さんがたにもえろう尊敬されておられるそうですが、当然でおまっしゃろな。

落語ファンにも古典でなけりゃ、という方もおられますが、小佐田作品はどれも、そういうお方でも安心して楽しんでお聴きいただけるのやないかと思いますねん。

すっかり古典みたいになった噺のなかでも、「代書」や「まめだ」というのは割合新しい噺でおます。東京の方では、三代目柳家小さんという師匠が上方の噺をようけ東京へ移してどれも古典の定番になっております。

小佐田先生も、のちのち上方落語の歴史に名を残しはるセンセイやと思いますねん。

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