「道頓堀 太郎寄席」2月の会

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「道頓堀 太郎寄席」2月の「松の会」は桂南天師匠の会でおました。
去年襲名をはさんで、乗りに乗ってはる南天師匠は二回目のご登場でおます。

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今年毎月ネタおろしをやる、ちゅうことに決めてはるそうでおます。ネタおろしというのは、今までにお客様の前でやったことのない噺を初めてかける、ということでおますな。これが、なかなかわてら素人が思うておるほど気楽なものではないそうでおまして、まだ若い前座の頃は、お師匠はんから「あれをやってみい」とか「それはまだ早い」とか、そういう指導もあるのでおますが、独り立ちすると、何をやるかもみな、自分ひとりで決めんならんのでおます。

これが気楽な若いうちであれば、あれも、これもとやりはるのかもしれませんが、中堅、ベテランとなってくるとネタおろしも容易なことやおまへんそうな。やってみてウケるか、どうか、噺そのものの良しあしもさることながら、何を誰がやっても同じということがあらしまへん。相性というものがおます。また、ほかの噺、とくに十八番の噺であれば何年も何年もかけて磨きこんで自分の味、ちゅうもんになっております。新しくやる噺をそこまでもってゆけるか、いうたら、それはなかなか難しおまっしゃろ。

落語ゅうもんは、一人で壁に向かってやってもなんの面白いこともないようでおますな。やっぱりお客様が目の前にいてはって、その反応を手に取るように感じながら、間のとりかたやら重ねかたやらくすぐりかたやら、隅から隅まで神経をつかって演ってはるのでおまっしゃろな。そやさかい、同じ噺をやっても毎度毎度、違うものになるわけでおます。お客様が違うたら、会場が違うたら、少しずつ別のものになるのでおます。

年月重ねて磨いた噺というのは、そういう経験を重ねてきたもんでおますさかい、なんぼ稽古してきたいうたかて、初めてかける噺ではそこまでゆかんもんでおます。どこがウケるのか、どこはウケんのか、会場によって違うもんを最初から予想することはでけんわけでおますな。
 
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ほんで、今回の南天師匠でおます。今月はネタおろしがまだなのやそうで、わての「太郎寄席」へ持ってきてくれはったというわけでおます。ネタは「幽霊の辻」でおました。少し前に、桂さん吉はんもかけてはった噺でおますな。夕方遅うなって、山奥の方へ遣いへやらされる男衆(おとこし)はんの噺で、登場人物は本人と茶店のお婆ンだけという、怪談噺でおます。男衆がお婆ンに、道中のあれやこれやをさんざんおどかされて・・・、ちゅう噺でおますねん。

南天師匠は、こういうお調子乗りをやるとバツグンに冴えはるのでおますな。ネタおろしと言われんかったら、もう何べんもかけてはる噺やと思いますがな。

もう一番は、「らくだ」でおました。これまた、めったにかけはることのない噺なのやそうでおます。長屋の乱暴者が死んで、その葬式出すのにこきつかわれる羽目になったくず屋はんが主人公でおます。はじめはおとなしい、泣き言ばっかり言うてるくず屋が、酒が入るほどにがらっと変わってゆくところが面白うおます。

南天師匠はお酒を召し上がらんのやそうでおますな。文三師匠もそうでおますが、下戸の師匠というのは、上戸の酔っ払いを冷静にカンサツしてはるんでおまっしゃろか・・・。ほんに、ようでけた酔っ払いでおましてん。

「道頓堀 太郎寄席」というのは、こんなふうに、思い切ったことを試してもらう場としてはじめたのでおます。

もちろん思い切ったいうたかて、何をやってもええということやおまへん。それなりにちゃんと考えて、ご自分なりに稽古しはった、そういう成果を問う場所として使うてほしいと願っておるのでおます。ほんで、やっぱり「怖さ」というもんがわかってはる中堅ともなると、やっぱりちゃあんと作りこんできはるもんでおますな。

今日ネタおろしと、めったにかけん噺と、そういうのを二席聞かしてもろうて、お客様にもさぞ喜んでいただいたことやろと思うておりますねん。「太郎寄席」もええお客様がついてくれてはるのでおまっせ。

どうぞ皆様、今後も「道頓堀 太郎寄席」、ご贔屓におたのもうします。ほんで、まだお越しやないお客様、「太郎寄席」はええ噺を引き出してくれますさかい、安心してお運びを。わても客席でお待ちしておりまっせ!