「七味線ブラザーズ」ですねん

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 またまた「くいだおれ太郎 presents 」ですねん。

 12月11日に、道頓堀Zazaで、「七味線ブラザーズ」やりましてん。この夏にやった、国本武春はんと清水興はんのユニットを、三味線とベース、合わせて弦が7本やさかい、「七味線ブラザーズ」と名付けましてん。
 8月には、「大阪名物くいだおれ」が開店してから、わてが生まれるまでを歌うた「FUNK くいだおれ」をご披露しまして、今回はその続編のご披露ですねん。

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 2段目は、わてとこの先代が世界旅行をしはって、いろんなものを持って帰ってきはったお話ですねん。昭和20年代のこっちゃから、まだまだ外国旅行なんて思うようにでけません。ある団体の募集があって、国や県の議員はんが招かれましてんけど、わてとこの先代は、自分でお金をこしらえていっしょについて行きはりましてん。今のお金にしたら、1千万円くらいにはなりましたやろか。カメラメーカーの社長はんやら、後に総理大臣になりはった方やら、いろいろなお方とご一緒やったそうな。
 ほんで、コーヒーの自動販売機やら、テレビやら持って帰ってきた、というお話ですねん。
 当時は自動販売機なんてもんがまだ日本におまへんねん。アメリカ製やさかい、硬貨も使われへんことがわかって、両替する人を横へ立たせたり、紙コップも規格が違うやとか、湿気で粉が詰まるやら、いろいろ大変やったそうなけど、珍しいもんやさかいたいして損もせんと、続いたそうですねん。
 その次には、テレビを買いはりましてん。アメリカでは労働者の家にもテレビがあるのや、これからはテレビの時代や、いうて、テレビを買うて店頭へ据えつけはりましてん。今のお金で、さあ、何百万円という買い物でおましてんなあ。ところが、スイッチを入れても何も映りませんねん。なんでや、いうたら、まだ実験放送しかしてないもんやさかい、番組がおまへんねん。昭和27年のことでしてん。NHKで放送が始まったのが、翌年のことでしてん。

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 3段目は、ブロイラーのお話ですねん。
 これはあまり知られてないことですねんけど、日本でブロイラーをはじめたのはうちとこの先代ですねん。昭和30年代にもういっぺん世界旅行をしはったときに、ブロイラーいうものを見つけはりましてん。
 そのころは、日本の漁業が根こそぎに魚を獲るもんやさかい、世界中で問題になっておましてん。ほんで、先代はんはこれからの日本人のタンパク源をさがさなあかん、いうてアメリカやらヨーロッパで市場を見て歩いておって、見つけはったそうですねん。
 ほんで、農林大臣を動かして、ブロイラーの視察団を組織して、ブロイラー産業を日本にもってきはりましてん。アメリカの研究者やら、業者やらに会うてまわって、ブロイラーに合うた品種の鶏を輸入して、機械も輸入して、ニワトリが病気にならんようにするための医学も勉強して、ほんで農協を作って、セリの市場を作って、会社も作りはりましてん。
5年後に売上100億円の事業にします、いうても誰も笑うて相手にしてくれんかったそうですねん。今で言うたら2,3000億円くらいですかな。そやけど、ほんまに4年の間に何十億の産業になりましてん。そのかわり、いっぺんに事業が大きゅうなってしもうたものやさかい、資金繰りが追っつかんようになって、くいだおれとしてはブロイラーを手放したいうことですねん。

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 そんな歌を国本はんに作ってもらいましてん。この「くいだおれ物語」はまだまだ続きますねん。国本はんと清水はんのチームワークもバッチリ決まっておりますねん。
4月に続きをやることにしておりますねん。またみなさん、聴きに来てほしおますねん。

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