いつの間にか夏も終わってしまいました。古い話ですが、こちらは初夏の「道頓堀 太郎寄席」のお話でおます。


 皐月五月末の「道頓堀 太郎寄席」は桂文華師匠の会でおました。
 わても席亭をしておりますといろいろな噺家さんとおつきあいしておりますが、なんというか、規格はずれという点ではこの文華師匠も指折りのようでおます。「太郎寄席」の文華師匠の会ももう五回目となりましてお客様もお馴染みになってきたせいか、師匠の落語会も八方破れになりつつあるような、そんな気配でおます。

 文華師匠はゲストはんやら前座はんの人選にもやかましいようでおます。文華師匠に限らず、「太郎寄席」の特に松の会の方はみなさんやかましい方でおまして、前座からたいそうウケておるのでおますが、文華師匠の会の前座はんはひときわしっかりしてはります。

 

 今日のゲストは桂寅之輔はんでおます。まだ入門してから四年半でおますのやが、そうとは思えん落ち着いたテンポでおました。

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 お噺は「大安売り」という、上方落語噺でおますが、負けてばっかりの相撲取りの、短い、軽い噺でおます。この、負けてばっかりの、しかしそれでもいっこうに懲りん様子の相撲取りを、うまいこと演りはりますのやな。寅之輔はん、楽しみな前座さんでおました。

 

 さて、二番手に文華師匠でおます。今日は着物の話からマクラに入りはりました。噺家さんの着物は、六月になったら一重、七月八月は夏物、九月にまた一重になって、あとの季節は合わせということでおます。ほんで、今日は一足早く、「おニュー」の一重の着物と言うことでおました。

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 お噺は「仔猫」。お馴染みの怪談噺でおますが、なかなか難しい噺やと思いますねん。うんと怖がらせながら、ストンと落として笑わせる芸でおまして、高座と客席の一体感が何よりも大事になるような気がしておりますねん。
 そんな難しい噺なんでおますが、文華師匠のは自由自在というか融通無碍というか、噺のあいだで「戎橋筋の昆布屋のをぐら屋さんというのは、落語の『三十石』に出てくる鬢付け油の『をぐら屋』からのれん分けしはった」とか、「人を遣えば苦を遣う」というくだりから先代文枝の思い出話とか、もう脱線だらけでおまして、ほんでお客様がまた落語好きのお方が多かったのかそういう脱線がいちいちウケまして、いったい何の噺をしてるのやらわからんようになりながら、やっぱり怖うて、可笑しいちゅう、何ともいえん名人芸なんでおました。
 わても「仔猫」はいくつも聴いておりますが、こんなんほかにおまへん。

 

さて、次はおなじみ桂雀五郎はんの「くやみ」でおました。

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 おくやみに来たのかのろけに来たのかわけのわからん男が主役でおます。そのわけのわからん男はええとして、その相手をさせられる方の男を演るのはなかなか演りにくいやろと思いますねん。
 ほんで、そういうところが雀五郎はんの「味」でおますな。困って言葉が出エへん、というところの「味」はほかにはおまへんのやが、その困った方の男を見ておるのが愉快という独特の芸でおました。雀五郎はん、いつも新鮮でおます。

 

ほんで大トリの文華師匠でおます。おしまいのネタは「あみだ池」でおました。

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 「仔猫」と「あみだ池」やったら、どっちか言うたら「仔猫」の方がトリの噺で、「あみだ池」いうたらもうちょっと軽い噺やと思うてますのやが、今日は二つ目に「仔猫」で、大トリに「あみだ池」なんでおました。文華師匠、やっぱり規格外でおますな。
 この「あみだ池」いう噺は、噺の中身じたいはほんまにしょうもないと思いますねん。マジメな話をしてるか、おもたら単なるダジャレで落としますねん。そのダジャレもとってつけたようなダジャレで、別に膝を打つようなものでもおまへんねん。ただ、どこまでいってもバカバカしい、そういうおかしさの噺でおます。
 それが文華節にかかると、こないに生き生きとするのか、というオドロキでおました。ほんまに型破りでおました。えらいもんでおます。会場のお客様の空気もあったのやと思いますねん。回を重ねるごとに独特の雰囲気の出てくる「太郎寄席」でおますが、文華師匠の会はひときわ濃い雰囲気でおますな。ほんまに、えらいもんでおました。

大阪名物のひとつ、道頓堀のグリコ看板がこの秋に新しゅうなるそうでおますねん。今のが五代目やそうな。四代目から変わって、もう十六年になるのやそうな。そういえば、この五代目はんになる前に、わてもこっそり記念写真撮りにいったことがおましたなあ。

 

ほんで、いよいよこのお盆の8月17日いっぱいで五代目はんがおりはらへんようになったのでおますが、江崎グリコはんがその日に向けて100日前からカウントダウンの催しをしてはりましてん。みなさん、ご存知でおましたやろか。五代目の看板を背景に、「あと何日」というカードを持って記念写真撮って、それを毎日フェイスブックやらツイッターやらで更新してはります。わてはなんのこっちゃようわかりまへんのやけど、何やユカイなことでおますな。


ほんならある日、江崎グリコはんから「太郎さんもカウントダウンしに来てくれはりまへんやろか」いうてきはりましてな。ほたら社長も女将さんも、そらご近所さんのこっちゃ、協力したれ、いうて、わてもカウントダウンしに来ることになりましてん。

わて一人やったらさびしいから、女将さんもハッピ着て来はって、ついでに道頓堀でわての隣に立ってるお狸さんも来てもらいましてん。

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撮影は、あっ、ちゅう間で終わりましてん。そらそうや。一枚だけでええのんやさかい。それに、こんなところにいつまでもおったら人だかりがしてどンなりまへん。

新聞記者さんも来てくれてはって、ええニュースにもなったみたいでおますな。

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わてが記念サツエイしておる間、道頓堀の中座くいだおれビルの店頭はどないなっておるかって? エヘヘ。こないな具合になっておりますねん。

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「道頓堀 太郎寄席」、四月卯月の松の会は林家花丸師匠の会でおました。

 

 今日の前座は、初登場で女流の桂鞠輔はんでおます。米朝一門、米輔師匠のお弟子さんでおます。可愛らしい名前でおますが、その名のとおりコロコロした感じでおますな。

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 太郎寄席、毎度前座とはいいながらしっかりした噺家さんが登場いたしますが、鞠輔はんもテンポがよろしおます。お噺は「始末の極意」。ゆっくりしたテンポでおますのやが、おしまいに松の木の高いところへ登らされて、指を離してゆくところなんか、なかなか聴かせまっせ。

 

 二番手は、花丸師匠でおます。今日の一席目は「蔵丁稚」でおます。芝居好きが高じて、お仕置きに蔵へ入れられる質屋さんの丁稚の噺でおます。

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 花丸師匠にとっては他人事やおまへんようで、噺のマクラは宝塚歌劇の話題でおました。

 お馴染みの皆さんにはご承知やと思いますが、花丸師匠と、おなじく「太郎寄席」常連の笑福亭生喬師匠は、タカラヅカの大ファンなんでおます。いやもう大ファンなんてもんやのうて、病膏肓に入るとはこういうことかというほどでおまして、なんでも毎月十回ほどは通いはるのやそうな。ほんまでっしゃろか。ほんで、毎年五月になるとタカラヅカを真似たようなお芝居の会をしはるくらいでおます。

 今日の「蔵丁稚」の丁稚さんも、花丸師匠の芝居好きが乗り移ったような丁稚でおました。というても、落語というものがお芝居ですさかい当たり前なんでおますが。

 

 三番手はゲストの桂ちょうばはんでおました。桂ざこば師匠のお弟子さんでおます。お噺は「おごろもち盗人」。

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 「おごろもち」というのはモグラのことでおます。昔の家は玄関が土間になってましたさかい、そこから穴を掘って戸締りを開けて入り込むちゅうことでおますな。このお噺では、店の主人が夜遅うまで仕事をしておって、泥棒の方が待ちきれんで穴を掘り始めたところを見つかってつかまってしまうという間抜けな噺でおます。

 主人の残業というのが金繰りのことでおまして、どこそこへの支払いを延ばしてもろうて、というようなことで、いちいち時節に合うた名前が出てきて笑わせるのでおます。

 ちょうばはん、なかなか気が利いたお噺で、間と切り替えがよろしおますな。いかにも春の夜ののどかなお噺でおました。

 

 さて、今夜は中入りなしでそのまま大トリでおます。再び花丸師匠でおます。お噺は「厩火事」でおました。

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 「厩火事」というのは、長屋の夫婦者の噺でおます。姉さん女房が、孔子さんの故事にならって飲んだくれの旦那を試す噺でおます。桂ざこば師匠のおなじみのお噺というところから、花丸師匠のおうちでの、奥様とのやりとりというマクラから始まりましてん。

 「そんなアホな」という設定で花丸ワールドを作りあげるのがお得意な師匠でおますが、今回はわりあいフツウな設定の噺でおます。ところが、この姉さん女房のお咲さんというのが端々に言うことがやっぱり花丸ワールドに聞こえるから不思議でおます。なんや、とんでもない変わったヨメはんに見えるのでおました。

 上方落語で「お咲さん」いうたら、たいていは長屋のしっかりしたヨメはんと決まっておるようでおますが、この「お咲さん」はちょっとかわったお咲さんでおまして、愉快でおました。

四月卯月の太郎寄席、まず一回目は桂米紫はんの発案で、小佐田先生の新作落語の会でおました。

上方落語のお好きな方ならご存知と思いますが、小佐田定雄センセというのは、日本でただ一人のプロの落語作家さんでおまして、上方落語に関する本やら記事も書いておられます。

 

たいてい落語会というのは前座というクラスが最初に出るわけでおますが、前座の力量でかけられる噺というのは限られておりまして、新作なぞは難しいよって、今日はもうちょっとひねた、初登場の桂二乗はんからでおます。

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二乗はんの噺は、小佐田センセではのうて、お弟子さんで奥様のくまざわあかねセンセの作品「しゃれしゃれ」でおました。冒頭から調子のええ幇間(たいこもち)が登場するのでおますが、これが旦那衆お二人の板挟みになってえろう困らされる噺でおます。

噺は意外に展開するのでおますが、二乗はんの調子がよう合うておって、聴かせる噺なんでおます。くまざわセンセイ、さすが小佐田センセイのお弟子さんでおます。「人」というものをうまいこと描いてはる作品でおました。

 

つづいて林家市楼はん、こちらも初登場でおます。

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市楼はんは、お師匠さんがお父上の故・四代目染語楼、そのまたお父上は三代目染語楼という、珍しい三代目の噺家さんでおます。三代目というと「唐様で書く」なんて言いますが、どうしてどうして、まだ三十代半ばというのに堂々たる噺家さんでおます。

今日のお噺は、四代目のために小佐田先生が書きはったという「ちりちり」でおました。新作落語というたらたいてい舞台は現代なのでおますが、この作品は古典よりまだ古うて、遣唐使の時代、紀貫之が登場する時代でおます。

この噺を聴いておりますと、むかしむかしは言葉も着ておるもんも違うとはいえ、人間というのは同じようなことをして同じようなことを考えるものやろか、と思わされますねん。市楼はん、すっかり自分のものにしてはるようでおますな。

 

米紫はんは、小佐田先生が故・桂枝雀師匠のために書きはった「猫」でおます。小佐田先生は最近『枝雀落語の舞台裏』という本を出しておられますが、枝雀師匠とのおつきあいから作家の道へ入られたそうでおます。その意味では「猫」はなかなか由緒のある噺でおます。

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この噺は、飼い猫がものを言うという設定の噺でおます。何が起こるということもない噺なのでおますが、もし猫にものが言えたら、という微妙な設定だけで面白う聴かせる噺なんでおます。

 

ほんで、今日のトリは桂雀三郎師匠でおます。その名前のとおり、枝雀師匠のお弟子さんでおまして、そのまたお弟子さんの雀喜はん、雀五郎はんは「太郎寄席」でもおなじみでおます。お師匠さんの雀三郎師匠は初登場でおます。

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雀三郎師匠は、「わいの悲劇」という、アメリカからやってきた娘さんを案内するという噺でおました。案内する方の家族というのが、お能マニアのお父さんに、歌舞伎マニアのお母さん、落語マニアのボンボンに浪曲マニアのお姉ちゃん、妹はタカラヅカマニアというえらい家族なんでおます。

雀三郎師匠のお得意のネタということでおまして、お能に歌舞伎に浪曲と、たたみかけるようにくすぐりが続いて、わても笑いが止まりませなんだ。えらいもんでおます。

 

小佐田先生の作品は、どれもくすぐりが効いておって、人間の描き方が荒唐無稽なようで妙にリアリティがあるのでおます。ほんで、噺に品がおますのやな。噺家さんがたにもえろう尊敬されておられるそうですが、当然でおまっしゃろな。

落語ファンにも古典でなけりゃ、という方もおられますが、小佐田作品はどれも、そういうお方でも安心して楽しんでお聴きいただけるのやないかと思いますねん。

すっかり古典みたいになった噺のなかでも、「代書」や「まめだ」というのは割合新しい噺でおます。東京の方では、三代目柳家小さんという師匠が上方の噺をようけ東京へ移してどれも古典の定番になっております。

小佐田先生も、のちのち上方落語の歴史に名を残しはるセンセイやと思いますねん。

「道頓堀 太郎寄席」、弥生三月は「松の会」一本でおました。

その代りといっては何でおますが、「松の会」やけれども「三席」の会になっておりましてん。文三師匠は「三席」の会にご熱心なのでおます。

 

今回のゲストには、一年ぶりに講談の旭堂南斗がおでましでおました。

文三師匠は、ちょいちょいゲストに講談師さんを招きはりますが、ふだんなかなか講談を聴く機会もおませんので、よろしおますな。

「太郎寄席」にも、南青はんと南斗はんと、お若いところがお出ましでおますが、明るうてよう笑いをとりはる南青はんに対して、ちょっと静かな感じの南斗はんと、個性がそれぞれでよろしおますな。文三師匠は、南斗はんは「ちょうどええ陰気さ」なんておっしゃっておりますが、落語も講談もいろいろな色や空気あるのがよろしいなと思うておるのでおます。

 

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さて、その南斗はんは「将棋大名」という講談でおました。下手でわがままな将棋を指しては家来を悩ませる殿さんの話でおます。最後に家来の三太夫が殿さまを追い詰めてゆくところが面白いのでおます。

これは落語にもなっておりますが、同じお話でも、講談と落語とでは違う楽しみがおますな。

いっぺん、「太郎寄席」で講談の会もやってみたいなと思うておりますねん。いつもと反対に、ゲストに落語、という趣向でどないでっしゃろか。

 

さて、文三師匠の三席でおます。

最初は「前座」でおますさかい、羽織なしの前座姿でおでましでした。

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五代文枝師匠へ入門しはったときのエピソードでマクラが始まります。今日のこの最初の衣装は、はじめて文枝師匠に買ってもろうた着物やということでおました。

二つ上の兄弟子さんである文華師匠の年季が明けたばっかりということで、こちらのお供もようしはったというお話もありました。昔は文華師匠はえろう酒癖がわるかったそうでおます。文三師匠は召し上がらないので、文華師匠のお守りをすることになっては、よう困ってはったそうでおます。

文華師匠は「太郎寄席」でもおなじみで、毎度すばらしい芸を見せていただきますが、若い頃の文三師匠にはお気の毒なけど、やっぱりええ芸人さんというのは、どこか破綻してるもんなんでおまっしゃろか。そういえば、桂ざこば師匠も若い頃、酔っぱらって朝起きたら太左衛門橋の上で寝ておったとか、ご自分でもようマクラのネタにしてはります。

 

さて、最初のお噺は「十徳」でおます。羽織ににた「十徳」という着物の名前の言われを覚えて、それを自慢しようというアホな男の噺でおます。しったかぶりをする阿呆の噺というのが落語にはちょいちょいおますな。そういうのは噺じたいがようでけておりまして、前座向けなんでおまっしゃろな。そのかわり、いっぺん聴いたことがあったらタネはバレるもんでおます。たいていはまだあんまり上手でない前座はんがやっておって、しかも噺のタネがバレておるような噺こそ、こういうベテランの手にかかるとたちまち見違えるのでおます。「三席」ならではの楽しみでおます。

 

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次のお噺は「湯屋番」でおます。

これは東京落語でようかかるお噺でおまっしゃろか。わては初めておました。

道楽して勘当された若旦那が風呂屋へ奉公に行く噺でおます。無理やり番台へ上がって、なにやら一人芝居みたいなことをやってワヤになる噺でおます。

阿呆が一人と、それを冷めた目で眺める客の描写でおます。

ちょっと『男はつらいよ』の映画の、割合古い方、森川信が初代「おいちゃん」をしてた時の、「・・・バカだねぇ」ちゅうのを思い出しますな。そういえば、文三師匠は最近『男はつらいよ』に凝ってはるのやそうでおます。わても好きでおまっせ。

 

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トリは「天神山」でおました。文三師匠がお得意な噺のひとつでおますな。

このお噺は、「へんちきの源助」というのが、おまるに弁当を入れてしびんに酒を詰めて、花見ならぬ「墓見」に行くところからはじまります。夜中に、お墓の主の女子はんが幽霊になって訪ねてきて嫁入りするということになって、隣に住んでおる「胴乱の安兵衛」というのが真似して出かけて、こっちは全然違う成り行きで狐が嫁入りしてくるという噺でおます。

文三師匠にお聞きしたところでは、このお噺は前半と後半とで主人公がまったく別々になっているので、噺がばらばらにならんように、「はて、源助はどないなったのかな」と思わせんように進めるのが難しいということでおますねん。

前半は「骨釣り」、東京で言う「野ざらし」にも似ておりますが、「天神山」のほうはその後の後半の方が見せ所でおます。とはいうても、どちらの筋も、本来的に笑い話やのうて、奇譚というべきでおまっしゃろな。ほんで、ちょっとほろっとさせるのでおます。

「へんちきの源助」という男も世をすねたようなけど、憎めん。「胴乱の安兵衛」も阿呆なようでたいへん人がええ。というところを描写するのも難しそうでおます。

桜が咲き乱れる春の日の真昼の夢のような、おだやかな、ええ噺でおます。

ついでに、「へんちきの源助」が墓見に持ってゆく花見弁当も美味しそうなんでおます。鰆(さわら)の生寿司(きずし)、玉子の巻焼き、「巻焼き」というのは玉子焼きのことでおます、それに烏賊の鹿の子焼き・・・。ここを聴くたんびに、わても弁当もって花見に行きとうなりますねん。

「生喬三席」につづきまして、二月如月の「松の会」は桂南天師匠でおます。

 

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 まず、前座は桂弥太郎はん、桂吉弥師匠のお弟子さんでおます。吉弥師匠はわてもご縁がありまして、いっぺんだけNHKの仕事でご一緒させてもろうとことがおますねん。まだ「くいだおれ太郎プロジェクト」がでけたばっかりの頃でおました。

 弥太郎はんはまだ五年目やけれども、ちょっと歳いってからの入門やさかい、落ち着いてはりますねん。今日の噺は「寿限無」でおましたが、歯切れのええ、キレのええお噺でおました。米朝事務所の伝統はまだまだ生きてますのやなあ。

 

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 ゲストは桂佐ん吉はんでおます。佐ん吉はんは、前に文華師匠のゲストでもお出ましでおました。今日は「稽古屋」でおました。

 お稽古ちゅうのは落語の噺によう出てくるようでおますが、「稽古屋」のお稽古は踊りのお稽古でおます。「梅ェは、咲いたか、さくゥらは、まだかいィナ」ちゅうのが出てくるやつでおますな。この噺はお囃子さんも大活躍でおます。今日のお囃子は公美子はんでおますな。

 東京落語に慣れた方には、上方の、鳴り物が入る落語は嫌やとおっしゃる方もおられるようでおますが、生で入るとええもんでおます。「稽古屋」はお囃子さんが大活躍しはるのでおますが、高座の師匠と息を合わせるところが、芸でおますな。気分のええお噺でおました。

 

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 さて、南天師匠はまず「かぜうどん」でおました。東京では「うどんや」という噺でおますが、これも三代目柳家小さん師匠が東京へ移しはって、五代目が完成させはったちゅうことでおます。

 いろんなやりようがおますようですな。今日のは、博打うちがうどん十杯注文する伏線もはいっておりました。若い衆のキレのええ、テンポのええ噺が気持ちよろしおますな。

 しまいのところは、うどんを食べるしぐさだけで何分か演りはりました。寒い冬の夜は、おうどんが美味しおますな。このうどん屋さんの汁は、鰹昆布出汁なのやそうでおます。おうどんの出汁としては上品でおますが、わても鰹昆布出汁のおうどん、大好物なのでおます。

 

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 さて、今日は中入りなしの4席でおました。というのも、中入りを入れると中トリをどない設定するかがなかなか難しいのやそうでおます。なるほど、林家花丸師匠も中入りなしでやりはることがおましたな。

 ほんで、大トリは「幸助餅」でおました。関取の「いかづち」に入れ込んで身代をつぶした米屋の旦那さんの噺でおます。

 これは前に、花丸師匠もかけはった噺でおまして、あのときはほんまにびっくりしましたな。この噺は「いかづち」が豹変するところが見どころのひとつなのでおますが、花丸ワールドは見事な豹変ぶりでおました。

 個性の違う南天師匠はどないやりはるのやと思うて聴いておりますと、やっぱりそこここ、演出が違っておるのでおますな。主役の幸助はんの性格の設定やら、脇役の伯父さんの設定やら、こまごまとしたところで違うて、こっちはすっかり南天ワールドになっておるのでおました。「太郎寄席」の師匠方は、それぞれにお互いのやりようをよう研究してはるようでおますな。

 それにしても、南天師匠は今日はええ声を出してはりましたな。ますます脂が乗ってきてはるようでおます。

如月二月の太郎寄席、まずは笑福亭生喬師匠の「生喬三席」でおました。

生喬師匠、東京へお出での機会に何度か三席をやってはるのやそうでおますが、地元大阪での三席は初めてなんやそうでおます。去年、繁昌亭大賞をお獲りになりました。ますます充実の師匠でおます。


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三席寄席のええとこには、この格の師匠ではめったに聴く機会のない前座噺も聴けるところがおます。

だいたい、落語会、寄席ちゅうもんは、若い噺家から順番で出てまいりまして、わりと短うて易しい噺から順々にやってゆくもんやさかい、ベテランの師匠がそういう前座噺を演るという機会は少ないもんでおます。

 

今日もお馴染みのファンの皆さん、お客様でお越しでした。生喬師匠も「前座」らしゅう、着流しで高座へ上がりはったところから、和やかな雰囲気でおます。着物の話やら、前座時代に名前をちゃんと読んでもらえへんかった話やら、マクラから大笑いでおました。

一席目は「平林」でおます。丁稚さんが手紙をことづかって、宛名の「平林」の読み方を忘れる噺でおます。生喬師匠も二十年以上高座にかけてはらへんかったのやそうでおます。わて、前に師匠が「寄合酒」をかけるのを見たことがおますのやけど、たいていはあんまり上手いことのない若い噺家さんがやる噺も、生喬師匠の高座にかかると生き生きとして、ぐっと面白さが増したのでおました。

今日も期待しておりまして、期待どおりのユカイな噺でおました。去年亡くなりましたが、お師匠さんの松喬師匠は前座噺を大事にしておられたそうで、大トリで前座噺をかけるようなこともしてはったのやそうでおます。さすが、型破りな松鶴師匠の一門でおますな。それでも、大トリが前座噺で、ほんでお客様に納得していただけるくらいの噺にしよ、思うたらかえって難しいことやと思いますねん。

 

ゲストは女流の露の紫はんでおました。一昨年の秋にいっぺんお出ましでおました。

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紫はんも、芸名の話から夫婦の話、お匠さん、姉弟子さんの話と、マクラからよう笑わせてはりました。本名は「ゆかり」とおっしゃるのやそうで、「紫」はそれにかけはったのかと思うたら、ただの偶然なんやそうでおます。

 

中トリは、生喬師匠の「喧嘩長屋」でおました。

夫婦喧嘩にはじまって、兄貴分を巻き込み、大家を巻き込み、長屋中が喧嘩になってゆく噺でおます。だいたい、喧嘩なんちゅうもんはどうでもええことにこだわるところからはじまって、理屈がはずれたところから大きゅうなってゆくもんでおますが、その、理屈がはずれるところで、「ちょっと待ちイな」と言わせてしまうと喧嘩にならしまへんのでおますな。「ちょっと待ちイな」と思うても、そない言い出されへんような雰囲気、テンポ、それでなけりゃ火に油ということにはならんのやろと思いますねん。

落語ちゅうのは、それを一人でやるのやさかい、あれれ、あれれと思ううちに喧嘩が大きくなるというのは、なかなか難しいことでおまっしゃろな。

 

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中入りを挟んでの大トリは「怪談猫魔寺」でおます。町はずれのお葬式の夜伽が舞台でおます。町はずれ、村はずれの夜伽というのは上方落語ではちょいちょい出てくる設定でおまして、仏さんというのも「お小夜後家」ちゅう一人暮らしやったお婆さんに決まっておるようでおます。

怖がりの男と、ふつうの男と、物知りの男が登場いたします。この物知りの男が、酒をちびちびやりながら怖い怖い話をするのでおますが、怖がらせようとしてやっておるわけではなくて、ただ、そういうことがあるのやという話しなのでおます。その、なんちゅうか落ち着きぶりというか不気味さというか、それが軽い調子の怖がりの男と対照的でおまして、話し手がかわるたびに面白いのでおます。そない長い噺やおまへんのやけど、聴きごたえたっぷりの、寒い冬の夜にぴったりの怪談噺でおました。

「道頓堀 太郎寄席」平成25年の師走の松の会は桂文華師匠でおました。

 今年で五十の大台でおまして、高座に上がりはるとその貫禄ちゅうか落ち着きいうか、お歳以上かもしれませんが、その割に高座を降りるとお歳以上にお若い印象なのでおます。一門でも認められる、芸に厳しい師匠でおます。

 というても、春團治師匠みたいな「孤高の落語家」という方向ではおまへんねん。もっと気楽ゥな感じでおまして、熱燗でも飲みながら噺を聴いているみたいな、そんな気分がするのでおます。

 

 さて、今日の前座は桂小留はんでおます。「小留」と書いて「ちろる」と読ませるそうでおます。お師匠はんは桂小枝師匠でおます。「小枝」の弟子で「ちろる」て、なんやチョコレートみたいな名前でおますが、二年目のお若い前座さんでおます。

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 小留はんのお噺は「牛ほめ」でおました。船場の阿呆が池田の伯父さんとこいって家をほめる噺でおます。前座噺としては定番でおまして、前回の文華師匠の会でも前座がこの噺でおました。

 噺家さんの内弟子修行というのはだいたい三年でおますさかい、二年目いうたらまだその最中でおます。年季が明けても、二十代のうちはまだまだプロというには物足らんことも多いのでおますが、小留はん、二年目とは思えんほどしっかりした噺をしはりましてん。

 だいたい、「太郎寄席」の、特に「松の会」の師匠がたはみなさん芸にやかましいさかい、前座からようお客さまに受けるのでおますけれども、文華師匠はひときわ厳しいだけに、ええ若手を連れてきはります。あとで楽屋言ったら、「僕は上手な子しか呼びませんから」ということでおました。

 

 ゲストは笑福亭喬介はんでおます。

 喬介はんはもうすぐ十年目、三十代前半の噺家さんでおます。おなじみの笑福亭生喬師匠の甥弟子というんでっしゃろか、三喬師匠のお弟子さんでおます。

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 喬介はんは、ちょっと前までは文三師匠の会に前座でよう出てはりまして、たいがい「寄合酒」をかけてはったのを、わてもよう観ておりますねん。そういえば、最近2,3年観ておりまへんな、今日も「寄合酒」でおまっしゃろかと思うておったら、「饅頭こわい」をかけはりました。

 どっちも若いもんがようけ寄って、わあわあいう噺でおますが、ちょっと見んうちに、喬介はん、一段と成長しはりましてん。前は二十代の落語やったのが、三十代の落語になっておりました。

 喬介はんは体格に似合わず声が高いのでおますが、その声の高いのを活かした演りようでおまして、その声だけで笑わしはりますねん。うまいこと、ご自分のスタイルを作りあげはりました。これからが楽しみでおます。


 

 さていよいよ文華師匠は、「池田の猪買い」と「三枚起請」でおます。どちらも上方落語の古典でおますが、「猪買い」はようかかりますねんけど、「三枚起請」は今はあんまりかからへんのやおまへんやろか。わては、高座で聴くのは初めてでおました。

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 「猪買い」は、船場の阿呆が池田へ猪の肉を買いにゆく噺でおます。この噺の舞台が江戸時代か明治になってからかはようわかりまへんけど、江戸時代から「山くじら」やら「薬食い」やら言うて、猪を食べておったそうでおますな。猪の鍋を「ぼたん鍋」、鹿の肉を「紅葉」、鶏を「柏」いうて言うのは、ほんまは肉ちゅうもんをあんまり食べたらあかんことになっておった時分の符丁なんやそうでおます。

 この「猪買い」の阿呆というのんは、底抜けの阿呆やのうて、いらん理屈は働く阿呆なんでおます。底抜けの阿呆というのも演るのは難しいと思いますねんけど、いらん理屈が働く阿呆というのは、うまいこと演らんとイライラさしてしもて、可愛げがのうなるんでおます。

 このあたりの阿呆さ加減は、また文華師匠の上手なところでおました。理屈は合うてんのやけど、ネジが一本はずれて違う方へいってしまうような阿呆でおます。

 寒い時分が舞台の、暮にふさわしいお噺でおました。

 

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 「三枚起請」の方は、遊郭が舞台でおます。

 江戸の「吉原」はよう知られた遊郭でおますが、大坂にも「新町」という遊郭がおまして、えろう賑わっておったそうでおます。今はもう跡形もおまへんが、「西区新町」という地名に残っております。四ツ橋筋の西、長堀通の北側の一帯でおます。

 この噺の「起請」というのは、結婚の約束を書いた手紙のことでおます。そんなもん、ふつうは一枚しか書かんもんに決まっておりますが、この噺は、年増で落ち目の遊女があちこちに起請を書いたら、たまたまその客どうしが仲のええ友達やったという噺でおます。

 はじめの方で、だいたいの筋書きは終わったような噺で、おまけに、舞台が今となっては馴染みのない遊郭の噺でおます。男の三人は賢いのんが一人、阿呆が一人、ふつうが一人、それに起請を書いた遊女というのが登場人物でおますが、その描写がこの噺のカナメということになるのでおまっしゃろな。

 男三人で遊郭に乗り込んで、どないなるか、いっぺん機会をみつけて文華師匠の噺を聴いてみておくなはれ。東京落語にも「品川心中」みたいにしたたかな遊女が登場しますが、大坂のはもうちょっとはんなりとしておりますねん。東京落語の「三枚起請」は、大坂の噺を吉原へ移したもんやそうでおます。

 さて、霜月の「道頓堀 太郎寄席 松の会」の方は、林家花丸師匠の会でおます。

 今回のゲストは桂ひろばはん、ゲストは桂あおばはんと、ざこば門下の兄弟子、弟弟子のお出ましでおました。

 

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 あおばはんは初めてのお出ましでおます。なかなかの男前でおますな。お噺は「ろくろ首」。上手いもんでおます。お客様のつかみもうまいもんでおますな。特に「松の会」の師匠がたは芸に厳しいお方ばっかりやさかい、若手の前座いうてもしっかりした噺がでけんと呼んでもらえへんようでおますな。


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 ひろばはんは何度かお出ましですが、今年は初めてでおますな。お久しぶりでおます。

 今日のお噺は「天災」でおました。これは「心学」という学問が登場する噺でおますが、「心学」は京都で生まれて上方商人の間で栄えた倫理学なんやそうでおます。いかにも上方らしいお噺なんでおますな。

 いうても、落語のことでおますさかい、登場する心学の先生もなんや怪しげな感じでおますし、それをまたうろ覚えでマネしてスカタンするというお決まりの噺になるのでおます。その怪しい先生やら、スカタンする長屋の八五郎というのが、妙にひろばはんに合うてはるのでおました。なかなか貫禄も出てきてはりますねんな。

 

 さて、花丸師匠は『茗荷宿』と『近日息子』でおます。


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 『茗荷宿』はお馴染みのお噺で、お客の大事な預かりものを忘れていってくれへんかといってお客を茗荷責めにした挙句、宿賃をもらうのを忘れたという噺でおます。茗荷は英語でも「ミョウガ」やそうですな。日本らしいもんでおます。


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 『近日息子』は、「先繰り機転を利かせんかい」と父親に叱られた商家の若旦那が、父親が気分が悪いいうて寝込んだところへ葬式の用意をするというアホらしい噺でおます。いかにも上方落語らしい噺でおますな。

 どっちも、そんなアホな、というお噺なんでおますが、毎度毎度のことながら、そんなアホなという噺が花丸ワールドにかかると、ほんまにありそうな噺に思えてくるから不思議なんでおます。

 花丸師匠の次回の「松の会」は次の夏ごろの予定でおますが、その前にいっぺん「三の会」で「花丸三席」をお願いしておりますねん。たっぷりの「花丸三席」、どないな花丸ワールドになるやら、乞うご期待でおますねん。

霜月11月の太郎寄席は、ちょっと趣向を変えておりましてん。

まずは一昨年のこけら落とし以来の、「文三三席」でおます。

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 こけら落としの「文三三席」は、桂文三師匠のご希望でおましたのやが、なかなかの好評でおましてん。

 ほんで、機会があったらまたやりたいなアと思っておりまして、「藍の会」の方をちょっと数を減らして、「三席」の会をぼつぼつとやってゆくことになったのでおます。

 

 「道頓堀 太郎寄席 三の会」と題しまして、その第一回は、やっぱり桂文三師匠でおます。今回のお噺は、「親子酒」「みかん屋」「はてなの茶碗」でおました。

 ふつうの落語会では、前座から始まって、東京で言うところの二つ目、ほんで中トリ、大トリ、というように、最初は軽くて短いお噺からだんだんと長うて難しい噺へと構成を考えるもんでおます。

 ところが、今回はどれもそれなりに長いお噺ばっかりでおますねん。

 「親子酒」は、呑兵衛の父親と息子が、それぞれいつものように酔っぱらって家へ帰ってきて、しょうもない親子喧嘩をする噺でおます。噺の筋はそれだけでおますさかい、あちこちのくすぐりで楽しませるのがなかなか難しい噺でおますのやが、中に、先に帰った父親の方が、息子の嫁に向かって、「あんな飲んだくれの息子は勘当して、あなたには、もっと良い婿を探してあげます」というわけのわからんことを言うくだりが、わては好きでおますな。

 お嫁さんはもちろんでおますが、酔っ払いの父親も息子も、人が好うて憎まれんところがこの噺の魅力でおます。文三師匠はお飲みになりはらへんのやけど、毎度のことながら酔っ払いの描写は上手でおます。

 

 「みかん屋」は、東京の「かぼちゃ屋」の元になったお噺でおます。ぶらぶらして遊んでおる男が、伯父さんからみかんの行商を勧められてはじめるスカタンな噺でおます。そのみかん屋の男が、まわりくどい話をしたり、一人合点したり、そういうめんどくさいところがくすくす可笑しいのがこの噺の見どころでおますな。そういうスカタンをいかにもスカタンにやるのが文三師匠の魅力でおます。

 ほんで、大トリは「はてなの茶碗」。文三師匠の十八番でおます。主人公の、大坂出身の気の早い油屋と、おっとりした京都の茶道具屋の旦那の金兵衛さん。どちらも文三師匠お得意の役回りでおます。嘘から出たまこと、みたいな愉快な噺でおます。いかにも上方の「商い」を描いたような噺でもおますな。


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 久しぶりの「文三三席」、お客様にも楽しんでいただけたようでおます。寄席というところはいろんな噺家さんを聴けるのが魅力でおますが、たまにはこういうところで、贔屓の噺家さんをたっぷりお聴きいただくのも楽しみやと思いますねん。

 噺家さんによっては、「三席も演るのはかなわん、体力的につらい」とおっしゃる師匠もいてはりますのやけど、がんばってほかの師匠にも「三の会」にお出ましいただいてまいります。脂の乗った師匠がたのお噺をたっぷりとお楽しみいただくというだけやのうて、ふつうはあんまり観ることのない前座噺みたいなんも、楽しみでおます。前座噺も、ベテランの師匠がかけると見違えるように違うのでおます。

 次回の「三の会」は春ごろに、林家花丸師匠にお出ましいただく予定でおます。どうぞ、お運びのほど。